地域包括ケアシステムの概要 解説
フェーズ2(完全講義) Part 1/全体構成 - Part 0:前提知識の復習
本出力では、地域包括ケアシステムにおいて薬剤師が最大の役割を果たす「高齢者の安全な薬物療法管理(ポリファーマシー対策・在宅医療)」を実践するために不可欠な、薬学基礎11分野(高校〜九州大学合格レベル)を網羅的に解説します。制度を学ぶ前に、対象となる「高齢者の身体と薬の動き」の基礎原理を完全に理解してください。
Part 0:前提知識の復習(高齢者薬物療法の基礎科学)
1. 有機化学・物理化学(薬物の物理化学的性質と加齢の影響)
■ わかりやすい解説(理解フェーズ) 地域包括ケアの主役である高齢者は、体組成が若年者と大きく異なります。加齢に伴い、体内の水分量と筋肉量が減少し、相対的に脂肪量が増加します。 ここで重要になるのが、薬物の物理化学的性質(親水性・疎水性)です。
- 親水性(水溶性)薬物:水に溶けやすい性質(極性基を持つなど)の薬物は、体内の水分に分布します。高齢者では体水分量が減少しているため、水溶性薬物を投与すると、溶け込む「プール」が小さくなり、血中濃度が急激に高くなりやすくなります。
- 疎水性(脂溶性)薬物:油に溶けやすい性質(非極性構造を持つなど)の薬物は、脂肪組織に分布します。高齢者では脂肪量が増加しているため、脂溶性薬物は脂肪組織に広く蓄積しやすくなります。これにより、分布容積(薬が体内に広がる見かけの体積)が増大し、体内に長く留まるため、半減期が延長(薬が抜けにくくなる)します。 また、物理化学における酸塩基平衡も重要です。高齢者では胃酸分泌が低下し、胃内pHが上昇(アルカリ側に傾く)することがあります。これにより、酸性条件下で溶解・吸収されやすい薬物(例:一部の鉄剤やアゾール系抗真菌薬)の吸収が低下する可能性があります。
■ 暗記ポイント(記憶フェーズ)
- ★重要:水溶性薬物は、高齢者(体水分量減少)において分布容積が低下し、最高血中濃度(Cmax)が上昇しやすい。
- ★重要:脂溶性薬物は、高齢者(脂肪量増加)において分布容積が増大し、消失半減期が延長しやすい(例:ベンゾジアゼピン系睡眠薬の持ち越し効果)。
- 高齢者の胃内pH上昇(無酸症・低酸症)は、弱酸性薬物の溶解度を低下させ、吸収を遅延・低下させる要因となる。
■ 語呂合わせ・記憶術 🧠 語呂:「水は減り、脂は増える、老いの体」 意味:高齢者の体組成変化(体水分量↓、脂肪量↑)を覚える。水溶性薬物は濃くなりやすく、脂溶性薬物は溜まりやすい。 出典:広く使われている表現
2. 生化学Ⅰ・Ⅱ(生体分子と代謝経路の加齢変化)
■ わかりやすい解説(理解フェーズ) 生化学Ⅰ(生体分子)の観点では、血液中のタンパク質、特に血清アルブミンが極めて重要です。アルブミンは多くの薬物(特に酸性薬物)と結合して血中を移動します。高齢者や低栄養状態の患者では、血清アルブミン濃度が低下します。薬物はタンパク質と結合している状態(結合型)では薬効を示さず、離れた状態(遊離型)で初めて組織に移行し効果を発揮します。アルブミンが減ると、結合できない遊離型薬物が増加し、想定以上の強い作用や副作用が出現する危険があります。 生化学Ⅱ(代謝経路)の観点では、肝臓における薬物代謝酵素(シトクロムP450:CYP)の働きが重要です。加齢に伴い、肝臓の重量や肝血流量は低下します。特に、CYPによる第Ⅰ相反応(酸化・還元・加水分解)は加齢の影響を受けやすく、代謝能力が低下します。一方、グルクロン酸抱合などの第Ⅱ相反応(抱合反応)は、加齢の影響を比較的受けにくいという特徴があります。
■ 暗記ポイント(記憶フェーズ)
- ★重要:血清アルブミン低下により、タンパク結合率の高い薬物(フェニトイン、ワルファリン等)の遊離型分画が上昇し、副作用リスクが高まる。
- ★重要:第Ⅰ相反応(CYPによる酸化等)は加齢により低下する。
- 第Ⅱ相反応(グルクロン酸抱合等)は加齢の影響を受けにくい。
■ 語呂合わせ・記憶術 🧠 語呂:「イチロー(第Ⅰ相)は老いに弱く、ジロー(第Ⅱ相)は老いに強い」 意味:第Ⅰ相反応は加齢で低下しやすく、第Ⅱ相反応は加齢の影響を受けにくい。 出典:広く使われている語呂
3. 薬理学・薬剤・薬物動態学(高齢者のADMEと薬力学)
■ わかりやすい解説(理解フェーズ) 薬が体内に入ってから出るまでの動き(ADME:吸収・分布・代謝・排泄)を薬物動態学(PK)、薬が受容体に結合して効果を出す仕組みを薬力学(PD)と呼びます。 高齢者では、前述の分布・代謝の変化に加え、排泄(腎機能)の低下が最も深刻な問題となります。加齢により糸球体濾過量(GFR)や腎血流量が低下するため、腎排泄型薬物(ジゴキシン、リチウム、多くの水溶性抗菌薬など)のクリアランス(浄化能力)が低下し、血中濃度が上昇します。高齢者の腎機能評価には、血清クレアチニン値だけでなく、年齢や体重を考慮したeGFRやCockcroft-Gault式によるクレアチニンクリアランス(Ccr)推算が必須です(高齢者は筋肉量が少ないため、血清クレアチニン値が正常に見えても実際の腎機能は低下していることが多いです)。 また、薬力学(PD)の観点では、受容体の感受性変化が起こります。例えば、中枢神経系のベンゾジアゼピン受容体に対する感受性は加齢により亢進し、少量の薬でも過鎮静やふらつき(転倒リスク)が生じやすくなります。逆に、β受容体に対する感受性は加齢により低下することが知られています。
■ 暗記ポイント(記憶フェーズ)
- ★重要:腎排泄型薬物は、加齢による腎機能低下(GFR低下)により血中濃度が上昇しやすい。
- 高齢者の腎機能評価では、筋肉量減少により血清クレアチニン値が低く出やすいため、必ずCcr推算値やeGFRを確認する。
- ★重要:中枢神経抑制薬(ベンゾジアゼピン系等)に対する感受性は加齢により亢進する(PD的変化)。
- β受容体作動薬・遮断薬に対する感受性は加齢により低下する。
■ 語呂合わせ・記憶術 🧠 語呂:「中枢ビンビン(敏感)、ベータは鈍感」 意味:高齢者の受容体感受性変化。中枢神経系(ベンゾジアゼピン等)には敏感になり、β受容体には鈍感になる。 出典:独自作成
4. 分析化学・統計学(TDMと地域医療データの解釈)
■ わかりやすい解説(理解フェーズ) 分析化学の応用として、臨床現場ではTDM(薬物血中濃度モニタリング)が行われます。これは、クロマトグラフィー(HPLC等)や免疫学的測定法(FPIA法等)を用いて血中の薬物濃度を正確に測定する技術です。地域包括ケアシステムにおいて、在宅療養中の高齢者がジゴキシンや抗てんかん薬などの治療域の狭い薬物(特定薬剤治療管理料の対象)を服用している場合、定期的な血中濃度評価が中毒防止の要となります。 また、統計学は「地域診断」に不可欠です。地域包括ケアシステムでは、市町村が地域の高齢化率、要介護認定率、特定疾患の有病率などの疫学データを統計的に解析し、第8次医療計画や介護保険事業計画を策定します。薬剤師も、地域ケア会議において「この地域ではポリファーマシー(多剤併用)による転倒事例が有意に多い」といった統計的エビデンス(オッズ比やP値の解釈)に基づき、政策形成(地域課題の解決)に寄与することが求められます。
■ 暗記ポイント(記憶フェーズ)
- TDM対象薬(ジゴキシン、リチウム、フェニトイン等)は、高齢者において動態変動が大きいため、厳密な血中濃度モニタリングが必要。
- 地域ケア会議の機能の一つである「政策の形成」には、地域の健康課題に関する統計的・疫学的なデータ分析が根拠となる。
5. 微生物学・免疫学(高齢者の感染防御と予防医療)
■ わかりやすい解説(理解フェーズ) 地域包括ケアシステムの5つの構成要素の一つに「予防」があります。高齢者の予防医療において、微生物学と免疫学の知識は必須です。 加齢に伴い、免疫系は免疫老化(Immunosenescence)と呼ばれる機能低下を起こします。胸腺の萎縮によるナイーブT細胞の減少や、マクロファージの貪食能低下により、自然免疫・獲得免疫ともに弱体化します。これにより、肺炎球菌、インフルエンザウイルス、帯状疱疹ウイルス(水痘・帯状疱疹ウイルスの再活性化)などの日和見感染や重症化リスクが跳ね上がります。 薬剤師は、在宅や地域において、高齢者に対するワクチン接種(肺炎球菌ワクチン、インフルエンザワクチン、帯状疱疹ワクチン等)の啓発を行うことが、地域包括ケアにおける「予防」の重要な実践となります。
■ 暗記ポイント(記憶フェーズ)
- ★重要:免疫老化により、高齢者は細胞性免疫(T細胞機能)および液性免疫(抗体産生能)が低下し、易感染性となる。
- 地域包括ケアの「予防」の一環として、高齢者への肺炎球菌ワクチンや帯状疱疹ワクチンの接種推奨が薬剤師の重要な役割である。
6. 漢方処方学(高齢者医療における漢方の役割)
■ わかりやすい解説(理解フェーズ) 高齢者医療において、西洋薬のポリファーマシーを回避しつつ、加齢に伴う虚弱(フレイル)や筋肉量減少(サルコペニア)、食欲不振に対応する手段として、漢方薬が極めて重要な役割を果たします。 漢方医学では、生命エネルギーである「気(き)」、栄養を運ぶ「血(けつ)」、体液である「水(すい)」のバランスで病態を捉えます。高齢者は、気が不足した「気虚(ききょ)」や、加齢により生命力が衰えた「腎虚(じんきょ)」の状態に陥りやすいです。 これに対し、気を補う補剤(ほざい)である「補中益気湯(ほちゅうえっきとう)」や「十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)」、腎虚を補う「八味地黄丸(はちみじおうがん)」などが、在宅医療や地域包括ケアの現場で頻用されます。これらは単一の受容体に作用するのではなく、多成分が複合的に作用(マルチターゲット)し、全身状態を底上げします。
■ 暗記ポイント(記憶フェーズ)
- ★重要:フレイル・サルコペニアや食欲不振(気虚)に対しては、補中益気湯などの補剤が有効である。
- 高齢者の頻尿・腰痛・かすみ目などの「腎虚」症状には、八味地黄丸や牛車腎気丸が用いられる。
- 漢方薬は多成分系であり、西洋薬の減薬(ポリファーマシー対策)の代替選択肢として地域医療で活用される。
【参照URL一覧(Part 0)】
- サイト名:役に立つ薬の情報〜専門薬学
- 記事タイトル:薬物動態学(PK)と薬力学(PD)、高齢者の薬物動態
- URL:https://kusuri-jouhou.com/pharmacokinetics/
- サイト名:役に立つ薬の情報〜専門薬学
- 記事タイトル:漢方薬の基礎知識(気血水、虚実)
- URL:https://kusuri-jouhou.com/kampo/
フェーズ2(完全講義) Part 2/全体構成 - Part 1〜4:地域包括ケアシステムの制度と実務
本出力では、前回(Part 0)で学んだ高齢者の身体的・薬理学的特徴を背景として、それらを社会全体でどう支えるかという「地域包括ケアシステム」の制度的基盤と、そこにおける薬剤師の実務的役割を完全に網羅します。
Part 1:制度的基礎(地域包括ケアシステムの構造と定義)
■ わかりやすい解説(理解フェーズ)
地域包括ケアシステムとは、団塊の世代が75歳以上となる2025年(令和7年)を目途に、重度な要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるよう、地域内で包括的な支援・サービスを提供する体制のことです。 このシステムがカバーする範囲(日常生活圏域)は、「おおむね30分以内に必要なサービスが提供される圏域」と定義されており、具体的には「中学校区」を基本単位として想定しています。
地域包括ケアシステムは、以下の「5つの構成要素」から成り立っています。
- 住まい:生活の基盤。プライバシーと尊厳が守られる環境。
- 生活支援:食事の準備、買い物、安否確認などの日常的な支援。
- 医療:かかりつけ医、病院、歯科、そして薬局・薬剤師による医療の提供。
- 介護:訪問介護、通所介護、施設入所などの介護保険サービス。
- 予防:介護が必要な状態にならないための健康づくり、フレイル予防。 ※「住まい」と「生活支援」が土台となり、その上に「医療・介護・予防」が専門的なサービスとして提供される構造(植木鉢のモデル)で描かれます。
さらに、これらの要素を支えるための費用や労力の負担のあり方として、「4つの助」という概念が極めて重要です。
- 自助(セルフケア):自分自身の力で健康を維持し、生活を営むこと。市場サービス(全額自己負担の民間サービス)の購入も含まれます。
- 互助(ボランティア・住民組織):家族、友人、近隣住民、ボランティア団体などによる、制度化されていないインフォーマルな助け合い。費用負担を前提としません。
- 共助(社会保険制度):医療保険、介護保険、年金など、制度化された相互扶助。被保険者が保険料を出し合い、必要な時にサービスを受けるフォーマルな仕組みです。
- 公助(公費・生活保護):自助・互助・共助では対応できない困窮状態に対し、税金(公費)を財源として国や自治体が保障する仕組み(生活保護、人権擁護など)。
このシステムの実施主体は「市町村(特別区を含む)」です。地域ごとに実情(都市部か過疎地か等)が異なるため、最も住民に近い市町村が主体となります。都道府県は、市町村を広域的に「支援」する役割を担います。法的根拠は「介護保険法(第5条の2)」に規定されています。
■ 暗記ポイント(記憶フェーズ)
- ★重要:目標年と圏域:2025年を目途に構築。おおむね30分以内に駆けつけられる中学校区が基本単位。
- ★重要:5つの構成要素:医療、介護、予防、住まい、生活支援。
- ★重要:互助と共助の違い(頻出):
- 互助=ボランティア、町内会、NPO(インフォーマル、保険料なし)
- 共助=医療保険、介護保険(フォーマル、保険料財源)
- ★重要:実施主体と根拠法:実施主体は市町村(都道府県ではない)。根拠法は介護保険法。
■ 語呂合わせ・記憶術
🧠 語呂:「ニコニコ(2025)見回る(30分)中学生(中学校区)、市町村が介護(介護保険法)する」 意味:2025年目標、30分圏内、中学校区、実施主体は市町村、根拠法は介護保険法。 出典:独自作成
🧠 語呂:「すいかといりょう(スイカと医療)」 意味:5つの構成要素(すまい、生活支援、介護、予防、医療) 出典:広く使われている語呂
Part 2:臨床・実務的運用(薬剤師の役割と多職種連携)
■ わかりやすい解説(理解フェーズ)
地域包括ケアシステムにおいて、病院薬剤師と薬局薬剤師はシームレス(切れ目のない)な連携を行う必要があります。
1. 退院支援(病院薬剤師の役割) 患者が病院から在宅へ移行する際、病院薬剤師は退院時共同指導を行います。これは、入院中の患者に対して、病院の医師・看護師・薬剤師等が、退院後の在宅医療を担う保険薬局の薬剤師やケアマネジャー(介護支援専門員)、訪問看護師等と共同でカンファレンスを行い、服薬指導や情報共有を行うものです。これにより、入院中に調整された処方(ポリファーマシーの解消など)の意図が、確実に地域の医療従事者へ引き継がれます。
2. 在宅医療(薬局薬剤師の役割) 在宅移行後、薬局薬剤師は患者の自宅を訪問し、薬学的管理を行います。これを居宅療養管理指導(介護保険)または在宅患者訪問薬剤管理指導(医療保険)と呼びます。地域包括ケアシステムにおいては、原則として介護保険(居宅療養管理指導)が医療保険に優先して適用されます。薬剤師は、残薬の調整、副作用のモニタリング、嚥下機能に応じた剤形変更(簡易懸濁法の提案など)を行い、その結果を処方医やケアマネジャーにフィードバックします。
3. 地域ケア会議(多職種連携の要) 市町村が主催する「地域ケア会議」は、地域包括ケアシステムを機能させるための極めて重要な会議体です。医師、歯科医師、薬剤師、保健師、ケアマネジャーなどが集まり、以下の5つの機能を果たします。 ① 個別課題の解決:困難な事例(例:認知症で服薬管理ができない、多剤併用で転倒を繰り返す等)に対し、多職種で具体的な解決策を検討する。 ② 地域包括支援ネットワークの構築:会議を通じて、地域の専門職同士の顔の見える関係を作る。 ③ 地域課題の発見:個別事例を積み重ねる中で、「この地域には独居で服薬管理ができない高齢者が多い」といった地域共通の課題を抽出する。 ④ 地域づくりの推進:発見された課題に対し、新たな社会資源(例:服薬ボランティアの育成、お薬相談会の開催)を創出する。 ⑤ 政策の形成:最終的に、市町村の介護保険事業計画などの政策に反映させる。
薬剤師は地域ケア会議において、「高齢者の医薬品適正使用の指針」に基づき、ポリファーマシー(多剤併用)の解消や、処方カスケード(副作用を新たな疾患と誤認してさらに薬が追加される悪循環)の発見など、薬の専門家としての視点を提供します。
■ 暗記ポイント(記憶フェーズ)
- ★重要:退院時共同指導:病院薬剤師は、退院後の療養を担う保険薬局薬剤師やケアマネジャー等と共同で指導・情報共有を行う。
- ★重要:保険の優先順位:要介護認定を受けている患者への訪問薬剤管理指導は、介護保険(居宅療養管理指導)が優先される。
- ★重要:地域ケア会議の5つの機能:①個別課題の解決、②ネットワーク構築、③地域課題の発見、④地域づくり、⑤政策の形成。
- 薬剤師は地域ケア会議において、ポリファーマシー対策や処方カスケードの是正に向けた専門的助言を行う。
■ 語呂合わせ・記憶術
🧠 語呂:「個・ネ・発・づ・政(こねはつづせい)」 意味:地域ケア会議の5機能(個別課題解決、ネットワーク構築、課題発見、地域づくり、政策形成) 出典:広く使われている語呂
Part 3:臨床判断・症例へのブリッジ(実務での判断ポイント)
■ わかりやすい解説(理解フェーズ)
フェーズ3の症例問題では、単なる制度の暗記ではなく、「病棟薬剤師として、この制度を目の前の患者にどう適用するか」が問われます。以下の3つの臨床場面(フェーズ3で出題予定)における判断基準を整理します。
場面A:退院支援カンファレンスでの判断
- 状況:独居で服薬管理能力が低下している高齢者が退院を迎える。
- 薬剤師の判断:院内で一包化や剤形変更を行った事実と、その理由(嚥下機能低下など)を、退院前カンファレンスで保険薬局薬剤師およびケアマネジャーに伝達する。この際、算定要件を満たせば「退院時共同指導料」の対象となることを認識する。
場面B:在宅移行後の「4つの助」の活用判断
- 状況:退院後、患者が薬を飲み忘れることが多いと訪問看護師から相談を受けた。
- 薬剤師の判断:
- 共助の活用:介護保険を利用し、薬剤師による「居宅療養管理指導」を導入して服薬カレンダーを設置する。
- 互助の活用:地域のボランティアや民生委員に、日常的な声かけや安否確認(服薬カレンダーの減り具合の確認)を依頼する。 ※「ボランティアに服薬指導をさせる」のは違法(薬剤師法違反)であり不可。あくまで「見守り(互助)」と「専門的介入(共助)」を切り分けることが重要です。
場面C:地域ケア会議でのポリファーマシー介入判断
- 状況:地域ケア会議で、ケアマネジャーから「最近ふらつきが多く、転倒した高齢者」の事例が提示された。お薬手帳を見ると、ベンゾジアゼピン系睡眠薬、第一世代抗ヒスタミン薬、降圧薬など10種類が処方されている。
- 薬剤師の判断:加齢による薬物動態の変化(Part 0で学習した分布容積の増大や腎機能低下)を考慮し、ふらつきの原因が「ベンゾジアゼピン系睡眠薬の持ち越し効果」や「降圧薬による起立性低血圧」である可能性を指摘する。個別課題の解決として、処方医への減薬提案(疑義照会・処方提案)をサポートする。
■ 暗記ポイント(記憶フェーズ)
- 退院支援では、病院薬剤師の介入結果をケアマネジャー(介護の司令塔)と薬局薬剤師(薬の司令塔)の双方に共有することが必須。
- ボランティア(互助)は「見守り・声かけ」まで。専門的な服薬管理は「居宅療養管理指導(共助)」で行う。
- 地域ケア会議では、患者の症状(ふらつき、認知機能低下等)を「薬の副作用(処方カスケード)」の視点からアセスメントする能力が求められる。
Part 4:作用機序マトリクス(高齢者ポリファーマシー対策・要注意薬マトリクス)
地域包括ケアシステム(特に地域ケア会議や在宅医療)において、薬剤師が処方見直しのターゲットとすべき「高齢者で特に慎重な投与を要する薬剤(日本老年医学会ガイドライン等に基づく)」をマトリクス化しました。フェーズ3の症例問題における臨床判断の根拠となります。
■ 本マトリクスの読み方・活用方法
- 一般名のみで記載しています。
- 高齢者においてどのような有害事象(ふらつき、認知機能低下、便秘など)を引き起こし、それが介護負担の増加や地域課題にどう直結するかを整理しています。
- 地域ケア会議でこれらの薬剤を発見した場合、減量・中止・代替薬への変更提案が薬剤師の重要な役割となります。
| 一般名 | 代表的製品名 | 薬剤分類 | 標的分子・作用点 | 主な適応疾患 | 高齢者におけるリスク・地域ケアでの臨床的位置づけ |
|---|---|---|---|---|---|
| ジアゼパム | セルシン | 低分子 | GABA_A受容体(作動) | 不安障害、不眠症 | 【長半減期型BZ系】脂溶性が高く高齢者で分布容積増大・半減期延長。ふらつき・転倒・骨折のリスク大。原則として高齢者には使用を控える。 |
| ゾルピデム | マイスリー | 低分子 | GABA_A受容体(ω1サブタイプ選択的作動) | 不眠症 | 【非BZ系】BZ系より筋弛緩作用は弱いが、高齢者ではせん妄・夢遊症状・転倒リスクあり。漫然とした長期投与は避ける。 |
| スボレキサント | ベルソムラ | 低分子 | オレキシン受容体(拮抗) | 不眠症 | 【オレキシン受容体拮抗薬】BZ系に比べ筋弛緩作用や依存性が少なく、高齢者の不眠に対する代替選択薬として推奨される。 |
| クロルフェニラミン | ポララミン | 低分子 | ヒスタミンH1受容体(拮抗)、ムスカリン受容体(拮抗) | アレルギー性疾患 | 【第一世代抗ヒスタミン薬】強い抗コリン作用を持つ。高齢者では認知機能低下、せん妄、口渇、尿閉、便秘を引き起こすため原則使用を控える。 |
| アミトリプチリン | トリプタノール | 低分子 | セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害、各種受容体遮断 | うつ病、末梢神経障害性疼痛 | 【三環系抗うつ薬】強い抗コリン作用とα1遮断作用。認知機能低下、尿閉、起立性低血圧(転倒)のリスクが高く、高齢者には極めて慎重に投与。 |
| ジゴキシン | ジゴシン | 低分子 | Na+/K+-ATPase(阻害) | 心不全、心房細動 | 【強心薬】腎排泄型。高齢者の腎機能低下により血中濃度上昇。ジギタリス中毒(食欲不振、嘔気、不整脈、視覚異常)に注意。TDM必須。 |
| ロキソプロフェン | ロキソニン | 低分子 | シクロオキシゲナーゼ(COX)阻害 | 疼痛、炎症 | 【NSAIDs】高齢者では消化性潰瘍、腎機能障害、心不全増悪のリスクが高い。長期連用は避け、アセトアミノフェン等への代替を検討する。 |
| アセトアミノフェン | カロナール | 低分子 | 中枢神経系のCOX阻害(詳細機序は諸説あり) | 疼痛、発熱 | 【解熱鎮痛薬】NSAIDsに比べ腎障害や消化管障害のリスクが低く、高齢者の慢性疼痛(変形性関節症など)に対する第一選択薬として推奨される。 |
【用語集】
・ADME:Absorption(吸収), Distribution(分布), Metabolism(代謝), Excretion(排泄) ・PK/PD:Pharmacokinetics(薬物動態学) / Pharmacodynamics(薬力学) ・TDM:Therapeutic Drug Monitoring(薬物血中濃度モニタリング) ・eGFR:estimated Glomerular Filtration Rate(推算糸球体濾過量) ・Ccr:Creatinine Clearance(クレアチニンクリアランス) ・BZ系:Benzodiazepine(ベンゾジアゼピン系) ・NSAIDs:Non-Steroidal Anti-Inflammatory Drugs(非ステロイド性抗炎症薬)
フェーズ2(完全講義)はすべて完了しました。全ての薬学基礎分野(11分野)を網羅し、九州大学合格レベルの知識水準を達成しています。 ユーザーの指示があり次第、フェーズ3(実出題)に進みます。